top of page
検索

終わりのない介護事故

  • human-life9
  • 2024年4月14日
  • 読了時間: 2分

最近、高齢者施設の入浴介助中に、高齢利用者が亡くなったという記事を読んだ。

何でも、介護スタッフが数分目を離していた隙に溺れてしまったらしい。

しかも、本来は二名のスタッフで対応するはずのところを、この日は一人のスタッフで対応していたとのこと。


詳細はまだ明らかにされていないが、まず、何のために数分目を離してしまったのか。ほかの業務も同時にやっていたのか。


施設介護は、こなさなければいけないことが多く、見守りに集中できなかったのか。


まだ予測の域は出ないので何ともいえないが、

最悪なのが、個人のスマホなどを見に行ってなければよいが。


最近、バイクを運転していて気になるが、前の車がときどき動かない時がある。

よく見たら、車内でスマホやカーナビを運転手が見ていて、信号が変わったのに気づいてない。

歩行者も、スマホを見ながら、赤信号なのに渡ってきたりする。


入浴介助中は、数分でも、数秒でも、よそ見は命とりだ。


人間であろうと、ロボットやAIであろうと、完璧なものは存在しない。

事故は必ず起こるものという前提条件が、社会には内包されている。


無論、この事故は、なぜ二名のスタッフがやってないのかという問題もある。

人災というより、介護サービス体制の構造上の問題であろう。もう一人スタッフがいたら、予防できていたかもしれない。


軽い思いつきだが、近未来、お湯や溺れるリスクを排除した、高齢者専用の、入浴満足感を得られるマシンなどできないものか。


介護事故には終わりはないが、事故防止に対する飽くなき探求心も、終わらせてはいけない。

 
 

最新記事

外国人と介護

近年、医療福祉の現場のみならず、 コンビニや飲食店などのサービス業においても、 外国人の店員がいるのが当たり前になってきている。 接してみると、日本語や言葉の受け取り方に多少の違和感はあるが、普通に業務をできている人が多い。 ただ、日本人店員ほどの安心感はないのが、致し方ない。たとえば、何かトラブルが起きた時の対応の仕方などが、曖昧で、謝罪の言葉もないことがある。 医療福祉の現場では、少しのトラブ

 
 
普通の意味とは

最近、特に国際事情が混迷を極め、戦争が身近な状況になってきている危惧がある。 日本もいつ、巻き込まれるかが問題ではあるが、 自然災害も、人災も、ある日に突然襲ってくる。 その時にならないと分からないことも多々あるが、いつの日にも巻き込まれるのは、子供や高齢者、障がい者といった社会的弱者だ。 また、災害時には、犯罪が横行するときく。普通に穏やかに生活していた人間も、理性を失い、加害者に変わってしまう

 
 
街中での心配り

バス停で、たくさんの大学生が、視覚障がい者用のブロックの上に立っており、白杖を持った視覚障がいの方が通りにくそうにされていた。 すこし配慮の気持ちがあったら、分かりそうな気がするのだが、白杖が当たりそうになってやっと場所を空けていた。 スマートホンの影響もあるだろう。ずっと下を向いて立っていたら、周囲に気が付かない。 いつしか、バスや電車の社内では、大人もスマートホンに夢中で、周りが見えていないこ

 
 
bottom of page