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福祉職の接遇

  • human-life9
  • 2023年12月24日
  • 読了時間: 2分

接遇においては、関わる相手が人のため、的確な態度で接することは難しい。

教科書どおりの接しかたや、言葉遣いでも、不快に感じる人もいるのだ。


たとえば、高齢者に対しては、丁寧に目上の人だから、人生の先輩だから、過剰に一字一句尊敬語をちりばめた話し方をすると、「硬すぎる」と印象が逆に悪くなってしまうことがある。


かといって、関係性もできてないのに、馴れ馴れしく友達言葉で接してしまうと、失礼に感じる人もいる。


その場の雰囲気・受け手との関係性・タイミングなどさまざまな要素を考慮しなければならない。これが特に難しいのだ。


要するに、この場面では絶対この接遇態度を取らないといけないという明確な答えがなく、逆にいえばシチュエーション次第では無限に答えが生み出されるわけでもある。


福祉職員の中には、その対応が、自然にできている人がおおい。

ただし、できていない人にとっては、それを身につけるまでが苦労することだろう。そして、研修でそのやり方を指導するのも難しい。個人の性格や、資質にも左右されるからだ。


しかしながら、まだ職員が若ければ、慣れや経験、トレーニング次第で向上させることもできると思う。


私見だが、日本の福祉職の接遇力は、世界でも比類ないと思う。サービス業全般に同じく言えるが、外国人観光客が驚くのがその部分だ。非常に、評価が高い。福祉職の接遇力は、世界に誇れる「Kaigo」の一翼を担う部分となるだろう。


日本では介護保険制度ができてまだ20数年しかたっていない。よく北欧の優れた福祉国家の制度と比較されるが、日本の社会システムもまだまだ発展中なのだ。


話は飛躍するが、日本のサッカーも、世界で通用する強さになっている。つい30年以上前は世界で通じず、批判だらけだった。


いまからさらに数十年後、福祉職の接遇はどうなっているだろう。もはや人間でなく、ロボットがやっているかもしれない。ただ、いまとほとんど変わらず、高い質を確保したまま、人と人がつながっている未来は見える。


接遇に限って言えば、これはあたかもDNAに刻まれていたかの如く、日本人が昔から受け継いできた、古き良き未来への遺産なのかもしれない。


 
 

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