外国人と介護
- human-life9
- 4 日前
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近年、医療福祉の現場のみならず、
コンビニや飲食店などのサービス業においても、
外国人の店員がいるのが当たり前になってきている。
接してみると、日本語や言葉の受け取り方に多少の違和感はあるが、普通に業務をできている人が多い。
ただ、日本人店員ほどの安心感はないのが、致し方ない。たとえば、何かトラブルが起きた時の対応の仕方などが、曖昧で、謝罪の言葉もないことがある。
医療福祉の現場では、少しのトラブルでも、言葉や細かいニュアンスが理解できないのは致命的ともなる。
雇う側も、リスクを承知で対応しなければならない。
施設系では、周囲がサポートできたりするが、
訪問系は、基本は一対一のため、必然的にハードルは上がるだろう。サービスを受ける側も気を使うかもしれない。
しかしながら、総合的に見て、言葉や日本の文化的背景をしっかり理解していれば、務まる可能性もあると思う。
国籍が問題ではなく、あくまで接する個人の人柄・人間性も重要となってくる。
良き人柄なら、受け入れてくれる利用者も多いかもしれない。
米国では、ほとんどの医療現場は、多国籍とも聞いたことがある。
ロボットが行うよりは、血の通った人間が携わった方が良いと思う人が多いだろう。対人援助は、古来からそうであったからだ。
逆に、日本人でありながら、虐待等を起こしてしまうケースもよく目にする。
人間性は、目に見えない。
ふとしたことで、悪い形で顕在化してしまう。
今後も外国人人材の流入は増えるだろう。
もう止められない流れかもしれない。
ただ、その中には、日本人以上に礼儀正しく、テキパキと業務をこなしていた人材を、目にしたことがあった。
これらの流れは、果たして希望なのか、それとも一過性の代替策なのか、しばらく動向を静観したい。