普通の意味とは
- human-life9
- 3月29日
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最近、特に国際事情が混迷を極め、戦争が身近な状況になってきている危惧がある。
日本もいつ、巻き込まれるかが問題ではあるが、
自然災害も、人災も、ある日に突然襲ってくる。
その時にならないと分からないことも多々あるが、いつの日にも巻き込まれるのは、子供や高齢者、障がい者といった社会的弱者だ。
また、災害時には、犯罪が横行するときく。普通に穏やかに生活していた人間も、理性を失い、加害者に変わってしまうということもあるらしい。
いわゆる、いままで「普通」と定義していた状態は、失ってみてはじめて分かる有り難さとも考えられる。
だとしたら、日本語の言葉の問題で、もはやいまある日常は、「普通」という簡素な言葉ではなく、「珠玉」なのかもしれない。
日本語でいう、「普通」とは、可もなく不可もなく、当たり前の、中くらいの良さ、のようなニュアンスがある。
本人が置かれた状況から、この普通という感覚を得ることが、どれほど価値があり、難しいことか。
福祉職は、社会的弱者に対して、所謂、普通に日常生活を送れるように援助していく。
できないことの方が多いかもしれない、ただ、些細なできないことが、自立してできるようになったその瞬間が、何よりも珠玉の瞬間でもある。
これからも本当の意味で、平和な世の中は永久に来ないかもしれないが、少なくとも、小さいながらも安心できる日常生活を提供できることが福祉職の誉れである。