top of page
検索

生きている内にするべきこと

  • human-life9
  • 2024年8月11日
  • 読了時間: 2分

よく、人は死ぬまでにやりたいことを生前に述べる。

介護ケアで、高齢者と接していると、なおさら身近に感じるのだ。


無論、死んでから後のことは、自分の肉体は存在しないわけで、死後の世界や死後の意識が保証されているわけではない。

だれも、自分の代わりとしてそのまま生きてくれはしないため、現世の自分が行動と願望の責任

をとるしかないのだ。

やりたいことリストを、つくっている高齢者もいる。


たとえば、海外旅行をしてみたい、コンサートやスポーツ観戦にいきたい、若い頃できなかったことに挑戦してみたい、永いこと会えてなかった人に会いたいなど色々だ。


死というゴールから逆算して、いまできることをやる。この哲学的な行動は、人間や、動物界・自然界の真理なのかもしれない。

たとえ、どれだけAIが発達し、自分のクローンができたとしても、いまの自分は世界に唯一の真実なのだ。


死からは、どうあっても逃れられない。

悲しい、痛い、苦しいというイメージが先行してはいるが、本来は、人間の生誕と同じく、自然なライフイベントの一つに過ぎないのかもしれない。


あきらめるというか、そういうものだと、割り切ってみる。


人間が、死ぬ前に最も後悔することは、やってしまったことより、自分の意志でやれたかもしれないのにやれなかったことだ。


来世まで、この悔しさは持ち越せないのだ。


だとしたら、「やりたい」という願望で終わるより、

「やるべき」としてみてはどうか。


義務感や使命感を持つことで、いまの自分の残された人生が輝きを帯びてこないだろうか。


死が待っているかぎり、明るい未来は難しいが、いまの自分を明るく照らすことはできやしないか。


やらない死より、やる生を。願望で終わらず、義務と使命を帯びた行動の咆哮をあげてみる。意外と、できたりするものだ。


人々の魂に生きる聖火を灯せる協力を、介護を通じても実現していければと思う。





 
 

最新記事

業務中の安全確保とは

最近、他県のケアマネジャーが、利用者宅で業務中に命を落とす事件があった。 数年前にも、似た事件が発生しており、居宅で医療関係者が命を落とす事態となった。 基本的に、業務上、危険を承知で利用者宅に行く必要があるため、避けられない。 対策として、たとえば1人で行かないようにするなど、色々と理想は語れると思う。 ただ、人件費的に、業務都合上、仕方ない部分もある。 しかも、ある程度、危険性が事前に分かって

 
 
外国人と介護

近年、医療福祉の現場のみならず、 コンビニや飲食店などのサービス業においても、 外国人の店員がいるのが当たり前になってきている。 接してみると、日本語や言葉の受け取り方に多少の違和感はあるが、普通に業務をできている人が多い。 ただ、日本人店員ほどの安心感はないのが、致し方ない。たとえば、何かトラブルが起きた時の対応の仕方などが、曖昧で、謝罪の言葉もないことがある。 医療福祉の現場では、少しのトラブ

 
 
普通の意味とは

最近、特に国際事情が混迷を極め、戦争が身近な状況になってきている危惧がある。 日本もいつ、巻き込まれるかが問題ではあるが、 自然災害も、人災も、ある日に突然襲ってくる。 その時にならないと分からないことも多々あるが、いつの日にも巻き込まれるのは、子供や高齢者、障がい者といった社会的弱者だ。 また、災害時には、犯罪が横行するときく。普通に穏やかに生活していた人間も、理性を失い、加害者に変わってしまう

 
 
bottom of page