最近の物価高について
近頃、目に見えて物価高が目覚ましい。
スーパーに食品を買いに行っても、あまりの高騰ぶりに驚愕するしかない。
オニギリ一つとっても、200円近くしてしまう。
スーパーにもよるが、これでは買う気も失せてしまう。
高齢者や障がい者にとっても、これらは死活問題だ。年金等の社会保障も、物価に連動して上がればよいのだが、そうもいかない。
限られた生活費で、物価高に対応しないといけない。健常者のように、安いスーパーまで気軽に足を運んだりできない。
通販で頼もうにも、どうやって注文したらよいのか分からない。ネットで注文するのも大変だ。
スーパーでの精算も、外食に行っても、タブレットで注文するのも大変だ。
京都ポイントなどの、地域経済振興のための手段があっても、申し込み方も分かりにくい。
そういう制度があることも、伝わりにくい。
限られた資源の中でインフレ時代を乗り切るのがしんどくなっている。
特に、情報を知っている、知らないという差も顕著だ。情報弱者にとっても、生きにくい時代になっている。
もし、訪問介護等で、そういった情報の不便さを補完できれば、この上ない手助けになるに違いない。
健常者にはちょっとしたことかもしれないが、コンピューターを駆使して生活の土台をつくることにかけては、慣れていないと実はとても難しくも感じる。
人間は、知らないことや、手間のかかりそうなものだと認識すること、に直面すると、意気消沈してしまうことがある。
それを緩和ためのケアを円滑に出来るようになれば、利用者も少し気持ちが楽になるかもしれない。
物価高でテクノロジー化された社会に抗うのではなく、出来る部分で時流に乗れるように背中を後押しすること。
社会の流れは常に固定されてはおらず、川の流れと同様に、変化変貌し続けているものだ。
物価高により、課題も生じたのは確かだが、
時代に付随したより良い支援のためには、何が必要なのか、考えるきっかけにはなっているのかもしれない。