top of page
検索

介護事業での生き金とは

  • human-life9
  • 2025年2月23日
  • 読了時間: 2分

「悪貨は良貨を駆逐する」

とは、ひとつの皮肉であり教育だと、しみじみ感じる。

オレオレ詐欺などで、高齢者をだましても百万円。

介護事業で、高齢者を喜ばせても百万円。


どちらも、同じ貨幣価値なわけだ。

周りの人間から見ても、その札束が、どのようにして生み出されたのかは、わからない。


金額は、結果なわけだ。ただ、その結果をつくる過程が違う。


この場合、一般的には、過程が大事だ。その過程に、正義はあるか。大義はあるか。自分の信念に背いていないか。


先日、関西地区で、福祉事業を営む会社が、反社とつながりがあり、事件を起こして逮捕者が出たというニュースを見た。


事業を継続するには、資金が必要だ。資金が無くなるキャッシュアウトの状態にならないように、それぞれの事業所は試行錯誤している。


ただ、そこには、人間の性善説に基づいた、正しい資本主義社会を渡るためのルールがある。


とにかく、したたかに、結果さえ出せればよいと、突っ走ってしまうと、人は道を踏み外してしまう。


結果も過程も、確固としたバランスが必要だ。


事業を営むには、金が必要だが、そこで働く者は、金に使われてはいけない。


金の稼ぎ方、使い方にこそ、人間の品性が表れる。

そして、金に生命を与えること。

悪いことをして得た金は、空虚な存在だ。

生かすも滅ぼすも、扱う者次第だ。


介護事業は、営む者、そこで働く者には、大きなストレスがかかる。

売り上げノルマや過酷な現場仕事に攻め立てられ、疲弊し、不平不満だらけで生み出したお金は、果たしてどのような意味を持つであろうか。


逆に、品性に溢れ、楽しく金を稼げるような、雰囲気づくりができれば、強いと感じる。


俗欲にまみれていない、すべての「良貨」は、良き福祉事業への道に通づるのではないだろうか。

 
 

最新記事

外国人と介護

近年、医療福祉の現場のみならず、 コンビニや飲食店などのサービス業においても、 外国人の店員がいるのが当たり前になってきている。 接してみると、日本語や言葉の受け取り方に多少の違和感はあるが、普通に業務をできている人が多い。 ただ、日本人店員ほどの安心感はないのが、致し方ない。たとえば、何かトラブルが起きた時の対応の仕方などが、曖昧で、謝罪の言葉もないことがある。 医療福祉の現場では、少しのトラブ

 
 
普通の意味とは

最近、特に国際事情が混迷を極め、戦争が身近な状況になってきている危惧がある。 日本もいつ、巻き込まれるかが問題ではあるが、 自然災害も、人災も、ある日に突然襲ってくる。 その時にならないと分からないことも多々あるが、いつの日にも巻き込まれるのは、子供や高齢者、障がい者といった社会的弱者だ。 また、災害時には、犯罪が横行するときく。普通に穏やかに生活していた人間も、理性を失い、加害者に変わってしまう

 
 
街中での心配り

バス停で、たくさんの大学生が、視覚障がい者用のブロックの上に立っており、白杖を持った視覚障がいの方が通りにくそうにされていた。 すこし配慮の気持ちがあったら、分かりそうな気がするのだが、白杖が当たりそうになってやっと場所を空けていた。 スマートホンの影響もあるだろう。ずっと下を向いて立っていたら、周囲に気が付かない。 いつしか、バスや電車の社内では、大人もスマートホンに夢中で、周りが見えていないこ

 
 
bottom of page