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電動車椅子と自由と幸せ

human-life9
2023年11月26日
読了時間: 2分

京都市内でも、電動車椅子の数が増えたように感じる。カラフルな個人の車椅子が、人混みの喧騒に混じって行き来するのをよく目にする。


地下鉄やバスなどの交通機関も、円滑に利用できているようだ。

ただ、気になるのは道が意外と整備されていない箇所が多く、時々車椅子利用者が慎重になっている場面も見かける。


たとえば、横断歩道の真ん中あたりがひび割れていたり、狭い道が、極端に横に傾いていたりする。


勿論、障がい者中心にすべて作るわけにはいかないし、市の予算も限られている。限られた制約の中で、生活を送る必要があるのは、皆同じだ。


何気ない街なかの風景も、障がい者目線に立ってみると、違った見え方になる。昔みたいな手押しの車椅子ならしんどかっただろう。人の目線も気になる。


社会が進化するにつれ、障がい者やLGBTへの理解が深まり、不当な差別や偏見は、減ってきたかのように見える。

同様に、テクノロジーの進化に伴い、外出移動の自由へのハードルも低くなりつつある。


しかし、何かモヤモヤ感は残らないだろうか。社会やメディアも、両手を挙げて、「昔と比べて今の世界は良くなった」というお祭りムードになっていない。


いまだ、世界では戦争が絶えないし、景気の先行きも不透明だ。政治も何がしたいのか、よく分からない。福祉も、介護報酬は上がらないし、人材もいない。


いわば、こういうゴールが達成できたら幸せといった、明確な着地点がないのだ。だからつい、ネガティブな部分に目を向きがちになる。

理想とする幸福感というのは、幻想にすぎないのかもしれない。


だからこそ、自由に車椅子で外出できるということ、それは障がい者目線で見たら、至高の幸福かもしれない。


幸福には、道と同じく傾斜や欠陥がともなうこともあるだろう、しかしながら、それを体験できることも、一つの幸せだ。


漢字の「辛い」に、横棒を一本足してみよう。たった一本のエッセンスで、「幸せ」につながるのだ。

 
 

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