介護現場でのメンタルヘルスが課題となっている。
職場での利用者との関わり、人間関係、長時間労働などで、病気を発症したり退職にいたったりといった例が後を絶たない。
その対策として、メンタルマネジメントが重要視されており、様々な対処方が昨今、提示されている。
たとえば、職場で嫌なことがあった場合は、トイレの鏡のまえで「自分は大丈夫」と、自分に向かって声かけをするとか、深呼吸を何回かするとか。。。自己暗示的な方法を始めとして、自身のメンタルを安定させるための引き出しを複数持っておくとよいらしい。
特に、特別養護老人ホームなどの施設介護は、メンタルをやられやすいと聞いたことがある。理由は、限定された空間に一定時間、複数名の人間が生活を余儀なくされるからだ。夜勤も含めると、一定の間、逃げ場がなくなる感覚がある。
反対に、訪問介護は、ケアが一軒終わるたびに、外の空気を吸え、次の訪問先に移動のため、バイクや自転車で風を感じたりと、開放感がある。
ただ、訪問先では一対一で支援が必要で、ある種、孤独感との戦いでもある。これはこれで、メンタルが試される場面も出てくる。
たとえるなら、施設介護は一本のストーリー性のある映画だが、訪問介護は1話完結の短編映画のオムニバスだ。それぞれ一長一短、好き嫌いはあるだろう。
結局のところ、ストレスと上手く付きあってメンタルをマネジメントするとは、どういうことなのだろう。
ストレスの正体についても、あまりよくわかってないのではないか。実体がないから、浮遊感がのこったまま、この名前がついてあるだけにしかみえない。
無論、昭和以前の時代には、ストレスやメンタルマネジメントとかいった言葉も聞かれていない。世間が命名してトレンドとなり、初めて実体化しただけにも思える。
介護職のような対人援助は、自分が好きで喜んでやってても、無意識にストレスを受け、メンタルがやられていたりするらしい。「造り笑顔は、癌を招くという」言葉もある。
まだまだストレスについては未知である。
さすれば、人間は、未知に直面した時、どうしてきたか。
未知と対峙し、開拓し、克服して、未知を「既知」とし、生活の糧としてきたはずだ。
いまは、ストレスが何なのか、わからないだろう。
いやむしろ、わからなくてよい。わからないままでいいから、近くにいる人に、「無理するなよ」「休んでもいいよ」と言えるようになってほしい。
ストレス一つで、人を死に追いやることもできれば、言葉一つで、人を救うこともできるのだから。